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正直、自分の為だけに記します。

読んで気分が悪くなっちゃう人もいらっしゃるかもしれません。

その時はごめんなさい。

あと、今回はコメントできなくしてます。





りょうには、弟がいた。


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自慢話が好きな、このりょうが、何よりも自慢に思っていた、弟だった。


大手広告制作会社TVCMのプロデューサーから、異動で3年ほど前からネット広告の担当に。

今や、その世界で知らぬものはいない、と言われるほどの奴になった。

その制作会社の、後に分社化されたネット広告部門の売上の4割を、弟ひとりで叩き出す、
会社の、いや業界の、まさにスーパースターであった。

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しかし、そんなことよりも何よりも、弟は、信じられないほどに気持ちのいい奴だった。

誰からも好かれる、しかしそれが広く浅くでなく、誰からも「もの凄く」好かれる。

小学生の頃から、仲間外れのクラスメイトを仲間の輪に入れようと努力したり、

人が何か困っていたら、すぐ手を差し伸べるような、とても優しい人間で、

つまり、兄の正反対wな奴だったんだな。


何から何まで兄貴と別で、例えば選ぶ乗り物だって、

カミソリのような車で発狂して走る兄に対して、ハーレーなんていう大型のバイクでゆっくり走る弟。
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高校も大学も第一希望、一流ブランドなのに、両方留年するおろかな兄貴と、
高校も大学も第二志望だけど、ちゃんとしっかり卒業する弟。

めちゃめちゃナンパなくせに、やたら堅い仕事をする兄と、硬派なくせに、極めてナンパな仕事に就く弟。

何回も転職する兄貴と、やたらめったら独立が多い業界で、何故かそんな気すらなかった弟。

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弟はずっと、うさぎの兄に対して亀だった。

でも、結局亀は、昔話のとおり、うさぎよりもずっと早かった

弟は、りょうが欲しくても得られなかったもの、過去失ってしまったものを、何もかも持っていた。

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そんな弟が前に、りょうに感謝の意を述べたことがある。

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その頃、りょうは家にいる時は夜20時からは、必ず「千葉テレビ」の「テレジオ7」という番組を見ていた。
当時小学生の弟にとって、興味もへったくれもない洋楽中心の番組、
それもブリティッシュとか妙にマニアックな洋楽番組だった。
弟は、「野生の王国」が見たいのに、絶対に見せてもらえなかった。

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「今の俺のセンスは、あの頃無理やりテレジオ7見せられたおかげだ」


80%皮肉だろうが、20%は真実だろう。それがとても嬉しかった。

多分りょうは、そんな弟が大好きだったんだろう、今になるとよくわかる。



年齢が上がるにつれて疎遠になり、ここ数年はほとんど会う事もなかったのだが。

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先々週の土曜深夜、母親から突然の事故の知らせ。


4トンダンプが弟のバイクに「ぶつかってきた」そうだ。



急いで救急病院に飛んで行き、大事故だが命は助かったとのことで、安心した。

安心しきって、翌日は見舞いにもいかなかったw

翌々日の月曜日、弟の会社の方とお見舞い。

ベッドで落ち込んでいる弟を励ました。

「前歯?治る治る、俺なんて両方差し歯だぜ?」

「よかったなぁ、顔全然大丈夫じゃん、不細工になったら、生きてても意味ないもんな」

「足の神経は切れてないらしいから、ちゃんとリハビリすれば、また元通りになる可能性高いぞ。」

「まあ、お前もう10年以上働きすぎだったから、いい骨休めになるって考えろよ。」

「暇なら、いっそ瞑想でもして、悟りを開いたらどうだ?仕事に役立つぞ」

病院の看護婦が、妙に可愛いコが多くて、退院までに絶対ひとりは落とすとかほざくので
普段は突っ込むところを、珍しく同意した。


そんな馬鹿話をした。

生きていてくれて、本当によかった。

本当に、安心した。





よもや、おととい、土曜深夜、容態が急変してしまうとは、あの日夢にも思わなかった。







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稼動ベッドに載せられ、緊急手術に向かう弟に、「頑張れよ」と声をかけた。

ぐったりとした中で、確かに弟は、りょうの方をしっかりと見た。

そんな弟の姿が、目が、りょうの網膜に焼きついた。














そして、それが、意識がある弟を見た最後の姿だった。







翌朝、手術以降意識が回復しないまま、弟は永眠した。

まだ、36だった。e0094270_21583969.jpg





半狂乱に泣き叫ぶ母、わけがわからないままあせる自分、何故か冷静な父親。





自分でも、自分はもっと冷たい人間だと思っていた、特に家族には。





こんなにも、こんなにも辛く悲しいなんて、思っても見なかった。




2日間で、去年1年分以上の涙を流しただろうか。






弟の携帯を預かり、写真のフォルダを見る。


すごくいい感じ。


弟が携帯で撮った写真の数々、とてもきれいだ。


さすがは、元敏腕プロデューサー。


ここまで見てくれた方、もしいたら、そう思わない?


もちろん、今回の写真は全て、弟の携帯にあったもの。


そして、UFOとRISMOは、どうやら弟の作品らしいもの。


いけてるでしょ???




でも、この写真を撮った人物は、もうこの世にいない。





メールを見る。


やっぱり、信じられないけど、このやりとりをした人物は、もうこの世にいない。


どうしても、信じられない。


まだ、なんとかなるんじゃないか、助かるんじゃないか、なんてなんか今日今でも、時々思う。


なるわけがない。


今もひとりになると、涙が止まらない。


ネットで検索すると、弟のインタビューなんかがいくつも出てきて、

弟が「プロデューサー」でクレジットされた作品が、何個か出てきた。



ねえ、もういないんだよ。



その人は、もういないんだよ。



信じられないけど、本当なんだよ。



せめて、今日みたいに、弟の素敵な写真の数々、これからもここで使っていこう。



関係ない日記でもなんでも、使っていこう。




弟が生きた証を、

弟が生きたネットの世界に、

少しでもいいから残したい、

そう思うから。
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安らかに眠れ。

自分が知る限り、これほど人から愛される奴はいなかった、

本当に、本当に、「いい奴」だった、我が素晴らしき弟よ。
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by ryouchanxp | 2007-01-22 22:32